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   美しく、芳醇な花を咲かせた日韓草の根交流
   
  NPO法人ふくかんねっとの韓国学生インターンシップ
 
プロジェクトふくじゅ」   キャップ・小林富久壽
 
  祈るような気持ちだった。
母のように教え、諭していた。分かって欲しい…。
NPOふくかんねっと理事長ちょん・ひょんしるさん。
二人の韓国人男子学生は頭を垂れ、ジーと聞いていた。

07年8月上旬。福島市の温泉街の旅館の従業員宿舎。
とうに午前零時は過ぎ、街は闇に包まれていた。

二人は韓国・白石(ペッソク)文化大学の学生。
インターンシップで前月の7月に福島を訪れた同大学生男女19人のメンバーだ。先進国・日本の観光関係の職場で職業体験、将来は韓日友好、観光関係の仕事に就く。

そんな夢を抱いて日本の土を初めて踏んだ。旅館で職場体験をしていた。 だが、たった一人の従業員の心ない言動にショックを受けた。

「アジア人」「朝鮮人」…。冷たい視線も感じた。生まれて初めての信じがたい体験だった。
日本語はまだ不得意、意思の疎通も出来ない。一層、いらだった。

初めての異国。ホームシックも加わった。もうインターンシップなんて沢山。韓国に帰りたい。一人の学生は、憤りと弱音もはいた。 

ちょん理事長は懸命に訴えた。
「とにかく期間の3ヶ月間、我慢して一生懸命働きなさい。その従業員は必ず心を開いてくれる。君達は2年間、軍隊に入り、厳しい訓練をミッチリ受けた韓国男児でしょう。出来ないはずがない。日本での努力は、人生の大きなプラスに必ずなる」。  

説得は3時間以上も続いた。「理事長は本当に自分達を心配、尽くしてくれている」。心が通い始めた。学生にやる気がよみがえった。

全部の受け入れ企業、団体から学生たちは温かく歓迎された。
帰国の際に目頭を熱くし別れを惜しんだ関係が大部分だった。しかしごく一部だがトラブルもあった…。

19人の学生を迎えたインターンシップ事業―。
スタートの8月から理事長は学生への夜回りが日課になった。昼は従来の各種講座、講演、新聞、本の執筆などに追われた。
比較的時間が空くのは夜だった。
元気がないと聞けば、車で宿舎を訪れ、悩みを聴き、励ました。体調を崩した学生には夜でも医者を手配、訪問した。深夜、救急病棟に駆けつけたことは2回もあった。 疲労の体に鞭打ちながら夜回りを続けた。

19人の子どもの悩み、問題は全て理事長の肩にのしかかった。寝込んだこともあった。学生は二本松市を含め10ヶ所近くに分宿していた。福島、二本松両市は詳しくなった。 

イルボンのオンマ(日本の母)ちょん理事長は、日本に来て25年。
早稲田、東京外大学院で学んだ。
恋に落ち、結婚した日本人が福大の教壇に立ったことから福島へ。
4年生の男児も授かった。

福島と韓国の草の根交流を目的の市民グループ「ふくかんねっと」を01年に設立、2年前にNPOにした。

福島と韓国の子ども達の交流、日韓友好の講演、韓国語、料理、文化講座…。
韓流ブームも手伝い、「ふくかんねっと」「ちょん・ひょんしる」は日韓友好の福島のシンボルになった。

05年11月には韓国のマスコミ各社18人が取材にわざわざ訪れた。
NPO法人ふくかんねっとー。ちょん理事長を中心に、わずか数人の主婦、OL、女性らの活動で実質的に支えていた。

8月には韓国の小学生20人、高校生20人も別々に受け入れた。福島の子ども達との草の根交流を繰り広げた。

盲(めくら)、蛇におじずという。表現は悪いが、事務所は一時、テンヤワンヤだった。
韓流に燃えに、燃えた女性たちー。
でも小学生、高校生、大学生の相次ぐ受け入れはさすがに、きつ過ぎた。
高校生の到着日になってもホームステイーの家が決まらない子どももいた。大学生の人数の19人が最終的に分かったのは訪日の前日だった。

損得抜きで、世の中のために、懸命に頑張る。そんな、得難い人、グループに会うとバックアップする人も必ず出てくる。今回も現れた。

自動車販売の社長は、マイクロバスを贈呈した。
県の幹部は、歓迎会などでの挨拶を快く引き受け、各種のアドバイスをしてくれた。
JAの指導者は施設を貸してくれた。
建設業者は、学生の宿舎にアパートを安く提供、交流会場として施設を無償で使用させた…。

地方にはまだまだ心が残っている。この国は捨てたのもではない。   
子どもは親の背中を見て育つという。
学生たちはちょん理事長らの熱い想いと懸命な姿に毎日のように接した。韓国人として恥ずかしいことは出来ない。そんな意識も強く働いた。

真面目に、元気に研修を続けた。
語学研修の1ヶ月にインターンシップの3ヶ月の合計4ヵ月、成功裏に幕を閉じた。

二本松市岳温泉の「あづま館」では女子学生2人が職場体験をした。
女将の鈴木美砂子さんは「明るくて、親切で、真面目です。本当に助かりました」と高く評価した。

福島市穴原温泉の「吉川屋」は女学生2人を受け入れた。畠隆章社長は「素直で本当にいい子でした。日本と韓国の関係は年々、近くなる。毎年、続けて欲しい」と強く要望した。

福島民友新聞社は男性4人を引き受けた。開講式には村西敬生社長ら幹部が出席、会社を上げて歓迎、励ました。翌日の新聞で大きく報道した。移動編集局の熊坂幸治幹事は「韓国語を勉強する社員が出るなど関心が高まった。韓国を身近に感じた」と意義を語っていた。

誕生して2歳にも満たない小さなNPOの大きな挑戦だった。19人は福島のやさしい心、美しい自然、温泉、祭りなどの文化に触れた。親しみの感情、好感を抱いて帰国した。

「福大に留学したい」「福島にまた行きたい」「懐かしい」。こんなメールが今もちょん理事長に届いている。2月には、学生の一人がわざわざ福島を訪れ、一緒にスキーを楽しんだ。韓国の行政、大学からの協力要請も届く。 

国際交流の美しい、大輪の花を咲かせた。根を強く張っている。香ばしさも漂う。
ふくかんねっとは全国的にも注目されつつある。 
自治体、国際交流協会からの補助・助成なしで咲かせた花だ。ただ福島―韓国の大きな花園にするにはNPO、民間だけの活動でいいのか。資金的に継続は可能か。官の役割は…。在り方を根本的に問いかけた大輪の花でもあった。